皆川昭一の珍日記
山古志からの情報発信へ

そば屋(山古志亭)のオヤジは中小企業診断士が本業だった。
過去、創業支援や企業再生コンサルティング、各地商工会議所や商工会連合会等の

公的機関における商工調停士、専門相談員や中小企業大学校等の研修講師として活動していたが、
山古志村の原風景に巡り合い、道楽気分で廃校となっていた学校の教員宿舎を改装し、平成15年春「民宿:山古志亭」開業。
店が軌道に乗り始めた中、平成16年10月23日中越大震災に遭遇、命からがら山古志から脱出。
店も壊滅的被害を受けてしまったが、多くの人からの支援と励ましにより平成19年 4月29日復活再オープン。
民宿、ヤーコン栽培、そして原風景の写真撮影と、仙人生活を再開。
平成21年度毎日新聞主催の「四季の山古志写真コンテスト」でグランプリ(長岡市長賞)受賞
平成22年度フォトコン、二科展にそれぞれ入選。”写真キチ”にもなっていた時、旧知の会社社長に乞われ、
平成22年後半から新潟市の会社経営を引き受けることになり、山古志亭は休業中。

皆川昭一
2月14日はバレンタインディー。しかし巷では新型コロナウィルスで大騒ぎ。
そのせいでもなかろうが、大型店でのチョコ売り場が以前ほど拡張されていなかった。
更には、義理チョコ習慣がしぼんできていることもあって売り上げも思ったほど伸びなかったみたい。
山古志親父は義理チョコいくつもらったのかな?えっゼロだった。義理とわかっても、ゼロは寂しい。
そこで一句・・・・・”本物と、思った俺が、バカだった”
2月3日、店の掃除機が壊れたので、オフハウスで業務用掃除機”ケルヒャー”を買って山古志亭へ。
下界は無雪で晴天なのに山古志は道端に残雪。虫亀地区を過ぎると除雪車の音。
更に上って行くと道路にはシャーベット状の雪。暖冬とはいえ、やっぱり山古志は天空の郷なのかも?
さて明日は立春。フキノトウの天ぷらにそば食うかな。・・・・・”立春を、味で感じる、蕗の薹”・・・・・鐘五つ、
1月12日、年始は、”除夜の鐘、レバノン発で、鳴り響く”・・・ゴーン!で始まり、逃亡に戦争に・・・暗いニュースばかり。
おまけにテレビは、婆と爺向けの皴伸ばしとションベン漏れサブリメントの宣伝ばっかりで長ーいコマーシャル。
これではテレビ局も、チャンネル替えられるのを”わかっちゃいるけど、・・・・・やめられねー”状態か。
明日は成人式。俺も夢を追う気持ちでは負けない。・・・・・・・”今年こそ、風呂歌手卒業、プロ歌手へ”
今年の珍日記スタート・・・・・
3月1日新潟にもコロナウィルス陽性者出現で、娑婆は大騒ぎ。蕎麦職人の孫の学校も休校、
そんな中、三条の親分から久しぶりの電話。”げんきらケー!”
”この騒ぎで孫の世話しんばならねーてば、2~3時間なら我慢できるろも、一日中なんてできねーてば”だって!
おまけに”明日知人の葬儀に田上町まで行くんだけど秋葉区に近いなー”だって!
大丈夫!あんたは菌の方から逃げて行くよ。”ウィルスが、逃げてゆきます、おっかねー(岡ねー)”
1月1日、例年通り過去の日記をばっさり削除。今冬は現在まで、ここ数年で一番の小雪。ありがたや、ありがたや。
大雪になれば雪害の心配をし、かといって、小雪になれば、なったで、今度は地球温暖化の影響かと不安に。
所詮、人間は自然環境変化の中で適合しながら生きて行くしかないんだと再認識。・・・なんか悟りを開いたような?
どうせ珍日記。年の初めくらいは真面目に一句・・・・・”礼と和を、心に念じ、事始め”